陸別町立勲祢別小学校

明治45年6月10日開校   昭和42年3月31日閉校


平成21年10月訪問



陸別町中心から国道242号線を分線へと向かい
その手前で町道を西側奥へと進んでいく
前回の調査時は旧版地形図に惑わされ
何故か昭和9年に閉校となった
分線特別教授場跡地に学校記号が残っていたため
全く違う位置に見当を付けてしまう

「学舎の風景」掲示板でその旨書き込んだ所
お世話になっている井手口様から
この校門のある写真を投稿していただく

国道からこの場所まで約2キロ
途中確認したのは廃屋が2軒
とても寂しい場所である









私の調べた限りでは陸別町内の廃校跡地には
謎の看板が立っている事と
この風景では門から校舎敷地が遠すぎるのではと考えていた

現地へ来て確認すると
門柱には校名ではなく個人名が取り付けられている









その門柱の裏側を確認すると









これを見て完全にこれは勲祢別小学校の校門で
閉校後にこの場所まで移設したのだ と確信した
それにしても校門を個人宅の入り口に移設するとは珍しい









門のある位置から少し進むと
例の謎の看板を発見

実はこの調査時は
これまたお世話になっているK・T様のご同行によるもの









この風景に先ほどの門は建っていたのではないだろうか
それにしても謎の看板にはいったい何が掲示されていたのか
陸別町の関係者の方
ご一報を頂けると幸であります









入り口から進んでいく
廃校から40年以上も経つと寂しい風景となってしまうものだ









いきなり開けた風景 ではなく
そこには残土のような物が堆積している









堆積物の上から奥を眺めると
校庭跡に生える若い白樺と
その奥には校舎があったと思われる一段高い部分が
辛うじて確認出来た









草生してしまった敷地を色々調べると
この様な台所の跡?のようなものや









だるまストーブ
そして一升瓶等が散乱していた









校舎建物は古い物だったのだろう
残念ながら基礎は確認出来なかったが
等間隔で小さな窪みが広範囲数カ所に残っており
支えが埋まっていたのだろうと推測出来た

児童数は大正13年の79名が最高で
昭和41年度には16名となり
陸別小学校へ統合し閉校となった





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