陸別町立川上小学校
大正5年5月17日開校 昭和39年3月31日閉校
平成20年10月訪問
平成18年に廃止されたふるさと銀河線川上駅
今も廃止時そのままに駅舎やホームが残されている
ホーム側
レールもそのままのようだが草生す様子が廃線を確認させる
川上の集落はこの左手山側にあった
現在は駅前に国道242号線が走っているが
当時はその集落側にあったようだ
川上駅付近には立派な国道がある以外
建物などは全く見当たらないが
唯一駅から少し離れた道路沿いにこの建物
教員住宅ではなく鉄道官舎である
ここにも官舎あっただけ駅員もいて
人の生活があったのか
と不思議に思う場所である
踏切跡を過ぎて当時の学校があった集落へ向かってみる
踏切跡から確認すると
レールは駅付近に残されているだけのようだ
これがかつての国道
現在では想像できるものではない
ずっと進んで行くと途中小川で分断され先へと進むことを拒んでいる
その手前にあった祠
集落があった証ではないか
その祠の側に例の謎の看板を発見
そこには上へと続く急な坂道だった道が廃道となっている
上って行くと何かが見えている
近付いた
何と朽ちながらも残っていた川上小学校の校舎の一部である
閉校から42年経ち崩れたとは言え
入り口だった様子はわかる
調べてみるとこれはトイレ部分だったようだ
確かに便槽と思われる物が幾つか並んでいる
崩れた建物の横には校舎本体部分の基礎もはっきりと確認できた
想像だが閉校後校舎は解体されたが
この辺りで何か作業する人が
使用のためトイレ部分だけを残していたのではないだろうか
傍らには井戸の跡も確認出来た
この調査時 下の方から低い唸り声が3度ほど聞こえ
まだ途中であったが慌てて車へと飛び込み
退散したのであった
大正の時代は80名もの児童数を数え
昭和の初期も50名前後で推移した
しかし昭和38年には農家戸数の減少で児童数10名にまでになり
将来的にも増えて行く見通しが立たないため
陸別小学校へ統合することを同意し
昭和39年3月閉校となった